にわか雨

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暑いと思っていたら突然の雨

暫くは涼しいが、雨が上がってしまうとまた暑さが増す。

このところそんな日が続いている。

26日の水曜日、1年経過後の胃カメラ検査。

唾液が少ないので喉も乾燥し、食事が通りにくく辛いと耳鼻科で訴えていたので、

咽頭、食道も念入りに診ようということになった。

結果はカメラで診る範囲では異常なし、胃の出口に軽い胃炎ありとの診断。

検査の後は耳鼻科の新しい担当医さんとの対面。

前の先生も若かったが、今度の先生も若い、私の子供くらいの年齢だろう。

引継ぎしてくれていたのか、食事の具合など尋ねられ、どうにか唾分泌が回復しないか

と聞いてみたが、申し訳なさそうな顔をするのみで経験上も提案できるものはないようだった。

 

放射線は1回2グレイで計35回の照射だった。

当時の同意書の控えを見ると、医師の書いたものか、強い光と手書きで書かれている。

放射線の副作用は即現れた。

まず照射部位の喉廻りの皮膚の発赤と炎症、これは実に辛いもので、まず襟ぐりの大きな肌着に変えないと少しでもシャツが当たるとヒリヒリ、そのヒリヒリが日焼けのヒリヒリの10倍くらい(;'∀')

この炎症を緩和するために、1日何度もアズレン軟膏を塗布するが、これがまたベタベタとして、肌着やパジャマに付くとシミになるという厄介者。

塗布した後は特殊な布で首を巻いて保護するが、これがなんとも......犬を飼っている方ならご存知かも知れないが、犬が手術などをした後に、その部位を舐めないように首にエリザベス女王のしていたような襟巻をするが、ああいうのを巻かれる。

1年少々経過した今でも、暑さのせいか治まっていたヒリヒリが始まって、医師の勧めでステロイド軟こうを使っているが、なんとも辛いものだ。

人によって異なるが、痛みや不快感は大変なストレスを人に与えて、食欲減退、不快、

焦燥、不安などの精神症状をもたらす。

日々これか、いつまで?と考えるとなにもかもが嫌になるときもある。

 

まあ残された部分が短い年齢になったんで、それなりの心構えはできているが、

昨日いろんなことがありちとめげていたが、ふと思い立ったことがある。^^

 

「コッキング」

ピストルの撃鉄を引き起こす動作をコッキングというらしい。

いざ撃つぞという前置きのようなもので、日本で言えば刀の鯉口を切るといったところかな?

戦いの準備に入るというような意味合いとお考え頂きたい。

そして元気でいれば、もうしばらくするとやってくる「古希」

これとを掛け合わせた「コッキング」

アラ還みたいなもんだが、アラ還は年齢層を表すだけだが、コッキングは意欲と意思も表す^^

同世代の皆さん、コッキングの精神で頑張りましょう!

 

祇園祭 宵々山

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人混みはあまり.....しかし久しぶりに祇園祭に出かけてみた。

すごい人出、とても全部の山を見て回るのは無理^^;

諦めて、以前行きつけだった喫茶店へ休憩に。

人混み苦手は今に始まったことでもなく、体調不良のせいでもなく単に嫌い^^

 

この後、17日に山鉾巡行があり、24日に後祭りがあって、更にあれこれと行事があり

8月末に祭りは終わる。

そして盆には送り火が。

さすがに古都、行事の多いこと(洒落ではありません^^)

 

昨夜、いつものことながら眠れずにあれこれと考えていた。

子供たちのこと、世話になっている友人、老いた母、どれをとっても満足に世話ができない。

例えば子供たち、もう十分大人ではあるがまだまだあれこれと乗り越えなければならないことが待っている。

別れた女房は正直なところ彼女たちの面倒は見られないだろう。

精神的な疾患もある。

しかし彼女たちは、学校を出てから急に疎遠になった。

仕事のせいか、初めての社会に出たせいか、連絡も途絶えた。

自分にも大きな責任はあるが、それは致し方のない現実だった。

 

世話になっている友人、この人も家族との縁は薄い、といっても自分ほどではないが^^;

自分のほうが先に逝くのは当然なほど年齢が離れている。

自分が逝ったあと大丈夫だろうか? あれこれと話す相手はいるんだろうか?

困ったことを相談し解決してくれる人はいるんだろうか?

鍵を失って家に入れなくて困ったりしないだろうか?(過去に例あり^^)

スーパーで買い物をし過ぎて、重い荷物に困らないだろうか?

熱が出たら医者に行くのにタクシー呼べるかな?

 

母、一人で住まいし、夫亡き後の自宅で頑張っている。

少々の貯えと夫の残した遺族年金で、つまじく生きている

介護もなかなか重度のものを認可してもらえない。

50台に発症した子宮体癌の切除の際傷つけたリンパ節の後遺症で足が腫れている。

蜂窩織炎を起こし何度も発熱する。

80歳台に果敢にも腹部切開の大手術をしており、その後の経過が良くない。

彼女よりも先に逝ったら子供たちは彼女を送ってくれるのか?

祖母は98歳の長寿であった。

血筋というものがあるなら彼女のほうが自分より長生きする可能性は大きい。

 

自分には男子の後継ぎがいない。

自分の家もこの代で終わりを告げる。

尾張の森家の血縁、名もなき武家の家系も終わり(決してオチや洒落なんて思ってないんですが何故かこうなる^^;)

 

自分が逝くことになんの恐怖もないが、廻りのことが気になる。

ヤンチャな若い衆、ケンカして負けてゆすられたってもう助けてあげられないよ。

娘たち、悪い男につかまったり、お金で困ったり、騙されて大変なことになってもも

守ってあげられないよ。

かあさん、もし先に逝ったらこれほどの親不孝はないが、孫たちがあなたを見送ってくれるかどうか心配だ。

眠れない原因はこれか?

 

 

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七夕も過ぎて、梅雨明けだとか言い出す前から真夏のような暑さが続いてる。

外出にもヨイショがいる(笑)

定期検診には行っているけど、また担当医が変わる。

入院時から数えると4人目、十分な引継ぎなどは望めないがせめても直近の状態が分かればと思い先週MRIを受診した。

 

結果は異状なしであったが、現在の担当医もそうだが過去の担当医も後遺症の緩和に関しては積極性に欠ける。

自分で調べたり,といってもネットで体験談を読んだり、同じ病状で悩み苦しんでいる人のブログを読んだりする程度だが。

そういう手段でしか後遺症と戦う術がない。

 

閑話休題

この頃不思議なことに気付いた。

以前からそのような傾向は人より強いと思っていたが、先の予測が、というより予感が当たる。

但し、自分のことは解らない^^;

そして話している人の考えや、困っていること、患っている病気(本人は気付いてない)が感じられる。

 

6月に入った頃からだろうか、丁度退院1年目辺りだった。

その前にも学生時代のクラブの同窓会があり、飲めない辛さ(笑)をこらえて出かけたが、そのときに若くして逝った友人の仏壇にお参りに行った時だった。

伺う前から仏壇や、室内や、窓外の景色がなんとなく分かった、というより伺ってみてやはりそうだったかと思った。

故友人宅へは初めて伺ったが、あの感覚がいま感じ始めた不思議な感覚の始まりかも知れない。

 

卒寿を迎える老人がいる。

元気とは言えないが、施設にも入らず一人で頑張っている。

意識も明瞭で、記憶も場合によっては自分より良いと思うことがあるほど。

一人で頑張っているからボケたり寝込んだりしないのかも知れない。

7年前に夫を亡くし、その後夫とともに過ごした家を守るように暮らしている。

デイケアなどを気晴らしにと勧めても、どうやらそういう場所が嫌いなようだ。

この老人が、体調不調を来たす前に予感がする。

そして同じ病状に襲われもする。

この頃では、感じたらすぐにレントゲン、血液検査、尿検査などと連絡を入れる。

すると腹部に異常があったり、足の病が悪化する寸前であったりする。

 

友人に関しても同じようなことが起きるようになった。

心配で連絡をすると、入院していたり、調子が悪いと悩んでいたり。

 

若い人、若いと言っても私から見てだから30台、40台、50代の人たち、

背中から立ち上る陽炎のようなものが見える時がある。

年上の方でもないことはないが、圧倒的に若い人に多い。

そしてその人と話すと、独立して大きなチャンスをつかんだとか、結婚が決まったとか、昇進する予定だとか。

オーラのようなものだろうか?

あの世からなんとか戻ったときになにか、脳の一部の使っていないところが目覚めたりしたのだろうか?

 

これが自分に対しても感じられるのなら、後遺症のことや今後の生活のことなどあれこれと利用できるのに.....そうそううまくはいかないもののようだ。

これでいいのか?

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七夕ですね。

昨年の七夕の写真です。まだ体力が回復していなかったのか、笹を買いに出かけただけで汗だくでフラフラになっていました(笑)

今年は1日から笹を買って来て飾りましたが、なんか賑やかすぎて。。。。去年の思い出七夕にしてみました。

 

これでいいのか

なにが?

治療、検査、その他諸々です。

もう生きる時間のほうがうんと少ない人生です。

昔から親しんだ俳優さんや歌手さんもあれあれというように亡くなって、

親戚の高齢者はほとんど旅立ちました。

さて、なにがに戻りましょう。

今日も病院に行って来ました。

今日の診察や薬代はさほどでもありませんでしたが、先月末の検査費用に少々驚き、

でも今更驚きもおかしいんですが、保存してある診療報酬のファイルのレセプトを見ると改めて高額な検査、治療だなと感じました。

 

もっと若い方々で、難病や癌、その他の病気で苦しんでいる人はたくさんいます。

そして保険会社の医療保険にも入っていないとか、長期の療養、入院に多額の出費が嵩んでいることでしょう。

そう考えると、高齢者の自己負担の区分をもう少し厳密に設定して、高額な収入のある方は高齢者であっても3割負担して頂くとかの策を練らないと、上に述べたような経済的に不自由している若くして病と闘っている人たちが3割負担では可哀そうな気がします。

それなりの高額医療費の対策や、収入に応じた減免はあるでしょうが。

なんだか矛盾したことを書いていますね。

しかし矛盾があるから、物事が新たに改善されるのではと思います。

 

もっと病気のこと、同じ状態で悩んでいる方への私が見つけた対策なんかを書こうと思うんですが...いざとなると難しい.....。

 

 

閑話休題 薬の怖さ?面白さ?

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これは4年前ですね、沖縄の写真です。

このころはちょっと飲みすぎ加減くらいでなーんともなく元気なもんでした(笑)

でも酒が入ると飯が食えない、次の日に残るというような兆候めいたものはあったかな?

しかし既に病気は始まっていたんですね。

臓器と違って目立った症状が出ずに、口内炎や喉の痛みなんかで、ヘビースモーカーだったんで、てっきりたばこの吸い過ぎだと思ってました。

ホームドクターもそう思っていたようです。(苦笑)

だから口内炎をろくに診もせず、喉の痛みも抗生剤を処方するだけ。

おまけにそれで一時的に収まったいたもんだから始末が悪い。

医療麻薬

ご存知ですよね?

末期の癌患者の方の痛みの緩和、不安の解消などに使用されます。

私の服用したのは半合成麻薬オキシコドン、オキノームでした。

口内の炎症が酷くなり痛みが尋常ではなくなったので、医師が処方したんですが、

看護師が何度も「麻薬といっても怖がらないで、医薬品だから」となぜか慰めのようなことを言っていました。

効き目は「良好」だったと言って良いでしょう。

しかし問題は、というより今から思えば笑い話はこの後に起こります。

 

炎症も収まってきたので、医師の判断で薬を止めることになりました。

私としては医師を信頼して服用していましたので、止めると言われればそれに従います。

多分....恐らく....いや私の推測ですが、若いDr.はこの薬を過去に処方した経験がなかったのでは?と今から思えばそう感じます。

なぜか? それはいくら合成だからといっても麻薬ですから、長期間の使用によって依存が始まる可能性があるからです。

いや可能性ではなく、依存するんです。

私も長期の服用でしたから依存していたんですね。

苦しむような禁断症状こそ出ませんでしたが、幻覚がでました。

それもおかしな、どうして?というような内容の幻覚です。

 

幻覚というものは、脳のどこかは忘れましたが、覚える場所があって一生忘れないものらしいです。

私もいまだに覚えています。そして一人で笑ったり(笑)

 

幻覚その1.

入院している病院は高知県にあり、本院は市内、分院が安芸(郡部)にあります。

これはもう妄想の説明に入ってます^^

ある時分院の特別室で、窓から竹林を眺めながら点滴をしています。

私:「婦長さん、今度本院に戻るのはいつかな? 家族が来るっていってたから連絡しないとね」(現実には家族らしきものはいません)

婦長:「そうですね、本院が入港するのが来週ですからまた日にちを聞いておきます」

入港? おかしな話でしょう?

実は本院である病院は船を改造して作られたもので、各地の専門病院へ患者を乗せて回っているんです。

 

幻覚その2.

病院は京都府亀岡市にあります。(実際は違います)

そして分院が市内にあって、わたしは分院に入院しており、時々亀岡市の本院に行きますが、実はこの本院は経営状態が悪く私が理事長と相談して買い取る話になっています。買い取った病院はリノベーションして老人ホームにする予定です。

今日も下見をする入居予定者の方々が分院に集まって、バスで本院に向かう予定です。

ところが準備がうまくいかず、お客様を待たせているので、家内がみなさんを案内する予定だっただろうと看護師に怒鳴っています。

家内はどこへ行ったんだ?(現実は、私は独身です^^;)

他のベッド(相部屋でした)へ行って、入院患者さんをお客様だと思い込み、「どうもお待たせして申し訳ございません」と謝って回ります。

看護師たちは、「とにかくベッドに横になって下さい、お願いします」と必死です^^

「君たちはなにを言ってるんだ?今回の事業には多額の投資をしている、うまくいかなければ私は破産だ!」と、うろうろしている看護師が役に立たない社員だと思い込んで「もっとしっかりしてくれよ」と檄を飛ばすありさまです(爆笑)

 

幻覚?その3.

唾が出ないので口内が乾燥し、しょっちゅう水を飲んでいるせいかトイレが近くなります。

そして催すと早くいかなければ。薬の副作用でガマンが利かないのです。

廊下に出てトイレ、しかしトイレの場所が分かりません。

何度も通っているのに毎回分かりません。

看護師が来て、事情が分かっているので連れて行ってくれます。

無事終えて部屋に戻ろうとすると部屋が分かりません。

あちこち歩き回って、酷いときには他病棟へ行ったりして。

とうとう看護師が策を練りました。

病室のドアに、4月だというのに季節外れのサンタのぬいぐるみを吊り下げました^^;

「ここですよ部屋は、サンタさんがいるところね」

 

薬の副作用にもいろいろあります。

生死にかかわるような副作用にも見舞われましたが、周りの方々の迷惑は別として、

あとから思い出すと笑ってしまう副作用もあります^^

 

さあ、梅雨入り宣言後もあまり雨も降らず、暑い夏が来ます。

年中休みなので夏休みをとるというのもおかしな話ですが、一応PCで簡単な仕事はしているので、それを休んでどこかへ旅行にでも行きたい気分です。

お金はないけど暇は売るほどあるんで^^

 

 

 

 

人生って...

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人生ってわかりませんね。

今日は麻央さんの悲しいニュースで、テレビもラジオも....

苦しかったのはもちろん、小さな子供たちを残して旅立つ気落ちは例えるものがありません。

業病、そう業病ですね、癌って。

思ってもいないのに自分の中で細胞が突然変異を起こして病気になる。

ましてや若い方は進行も早いし気の毒で、いずれは逝くのが人生とは言え無情です。

 

人生は階段みたいなものかもしれません。

疲れると途中で休んだり、ゆっくり上ったり、駆け上がったり。

屋外のお寺や神社なんかの長い階段のある所には、必ずその近くに上まで上がれる道があります。

でなきゃ物を運べない(〃艸〃)ムフッ

階段が辛いからってそっちの道を上がる、こういうのを道を外すというのかな?(笑)

しかし途中でや-めたって降りてしまうともう戻れません。

人生の階段は急いで駆け上がる人、ゆっくりと休みながら上がる人、同じ調子で上がる人、いろいろでしょうね。

 

できれば途中で休んでもいいから、なるべく時間をかけて無理をせずゆっくり上がって欲しいです。

疲れたら手を引いてくれる人と一緒に。

まとめてみる....

○癌の発見 2015/10:行き付けの歯科医が専門科の受信を薦めた

○耳鼻科受信 2015/10:病院で検査をするよう紹介状を書いてくれた

○K病院 2015/11:右上顎部口蓋癌と診断される

○迷い:K病院の医師の態度に立腹し(あまりの無礼さに)暫く放置する

○覚悟:年齢と入院ということを考えて、もういいだろう、このまま成り行きに任せようと放置する

○飲酒:怖さか?いやそれとは違うなにかであった、酒にのめりこみ日々朝から酔っている始末

○S病院:2015/11末:知人が見るに見かねたのかS病院に同行してくれたが、酒におぼれた状態では診察もできないと検査は受けたが入院は断られた

内科から精神科を紹介され、精神科より市内開業医の精神科(ここは以前より見知っていた)へ、そこからIK病院というアルコール依存治療専門の病院を紹介され1週間入院

1週間で依存症が治るとは思えないが、なんら苦しむことなく酒を止めた

このときもう年が変わっていた

○S病院 耳鼻咽喉科入院 2016/2/15:年が明けて入院したが、入院後の検査で、血小板が異常に減少、白血球も同じくで、とにかく転移が見られなかったのが幸いだったと医師に告げられる

抗癌剤治療開始 2015/2/18:抗癌剤治療の方針も決定していたが、肝機能の低下や他臓器の働きの低下が大きく延期となる

抗癌剤治療開始 2015/2/23:ドセキタルという抗癌剤の点滴を受けるが、しばらくして血圧が上昇、頻脈、高熱を伴う激しい副作用が現れた

意思は朦朧とし、かすかではあるが周囲の話し声は聞こえる

付き添っていてくれた友人が医師に家族を呼んだほうが良いのかと尋ねた(後日聞いた話である)

医師の声は聞こえていた、なんとか熱と血圧を下げないと非常に危険な状態である、手は尽くしたが後は本人の「運」でしかない......そう聞こえた

まだやり残したことがある、高齢の見送らねばならない老人もいる、いまここで逝ってしまうわけにはいかない、それにしても今の医師の発言は一体なんだ?

手を尽くしてあとは患者の「運」とは科学者の言うことか!

周囲から見ればなにも聞こえず、眠っているように見えていただろうが当の本人は体は動かず、言葉も出せないが周りの状況はすべて解っている

「なんだ!このまま逝ってたまるか!」

そう思った瞬間に体が動いた、ベッドに座り込んだ、そして付き添いの友人に、おそらくいまの悔しさを残そうと思ったのだろう、手帳とペンをとってくれと叫んだそうだ

後日、その手帳の該当する日付のページを見たが、なにを書いてあるのか判読できないような殴り書きの文字のようなものの羅列であった

死から蘇った......しかしそれが良かったのかどうかは今でも判然としない。

また後日続きを。

 

 

 

極度の栄養不良もあり治療方針がなかなか定まらず、