まとめてみる....

○癌の発見 2015/10:行き付けの歯科医が専門科の受信を薦めた

○耳鼻科受信 2015/10:病院で検査をするよう紹介状を書いてくれた

○K病院 2015/11:右上顎部口蓋癌と診断される

○迷い:K病院の医師の態度に立腹し(あまりの無礼さに)暫く放置する

○覚悟:年齢と入院ということを考えて、もういいだろう、このまま成り行きに任せようと放置する

○飲酒:怖さか?いやそれとは違うなにかであった、酒にのめりこみ日々朝から酔っている始末

○S病院:2015/11末:知人が見るに見かねたのかS病院に同行してくれたが、酒におぼれた状態では診察もできないと検査は受けたが入院は断られた

内科から精神科を紹介され、精神科より市内開業医の精神科(ここは以前より見知っていた)へ、そこからIK病院というアルコール依存治療専門の病院を紹介され1週間入院

1週間で依存症が治るとは思えないが、なんら苦しむことなく酒を止めた

このときもう年が変わっていた

○S病院 耳鼻咽喉科入院 2016/2/15:年が明けて入院したが、入院後の検査で、血小板が異常に減少、白血球も同じくで、とにかく転移が見られなかったのが幸いだったと医師に告げられる

抗癌剤治療開始 2015/2/18:抗癌剤治療の方針も決定していたが、肝機能の低下や他臓器の働きの低下が大きく延期となる

抗癌剤治療開始 2015/2/23:ドセキタルという抗癌剤の点滴を受けるが、しばらくして血圧が上昇、頻脈、高熱を伴う激しい副作用が現れた

意思は朦朧とし、かすかではあるが周囲の話し声は聞こえる

付き添っていてくれた友人が医師に家族を呼んだほうが良いのかと尋ねた(後日聞いた話である)

医師の声は聞こえていた、なんとか熱と血圧を下げないと非常に危険な状態である、手は尽くしたが後は本人の「運」でしかない......そう聞こえた

まだやり残したことがある、高齢の見送らねばならない老人もいる、いまここで逝ってしまうわけにはいかない、それにしても今の医師の発言は一体なんだ?

手を尽くしてあとは患者の「運」とは科学者の言うことか!

周囲から見ればなにも聞こえず、眠っているように見えていただろうが当の本人は体は動かず、言葉も出せないが周りの状況はすべて解っている

「なんだ!このまま逝ってたまるか!」

そう思った瞬間に体が動いた、ベッドに座り込んだ、そして付き添いの友人に、おそらくいまの悔しさを残そうと思ったのだろう、手帳とペンをとってくれと叫んだそうだ

後日、その手帳の該当する日付のページを見たが、なにを書いてあるのか判読できないような殴り書きの文字のようなものの羅列であった

死から蘇った......しかしそれが良かったのかどうかは今でも判然としない。

また後日続きを。

 

 

 

極度の栄養不良もあり治療方針がなかなか定まらず、